MCだるま
ビブスくん
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ペンシルヴァニア州フィラデルフィア出身
コービーは父親のジョー・ブライアントNBA3年目、フィラデルフィアセブンティーンシクサーズに所属していた1978年に、2人の姉の弟として生まれた。父ジョーはNBAにおいてスタープレーヤーでは無かったものの、触発されたコービーは次第にバスケットボール選手を志すようになり、ジョーの練習や試合には常に付き添ってバスケットの技術と知識を培うようになった。ジョーはその後クリッパーズやロケッツを渡り歩き、1983年にNBAを離れ、イタリアリーグに移籍することになった。父親に連れ立って一家もイタリアに引越し、6歳だったコービーはイタリアで約7年を過ごすことになる。
コービーは地元フィラデルフィアのローワー・メリオン高校に進学。長年イタリアで過ごしてきたコービーにとってアメリカは異文化の地であり、最初はその環境に馴染むことに苦労したが、3年生になる頃にはいよいよその才能を発揮し出し、このシーズンには31.1得点10.3リバウンド5.2アシストの成績を残して州の最優秀選手に選ばれる。またNBA伝説の巨人ウェルト・チェンバレンが長年保持していたペンシルヴァニア州の高校得点記録を更新。4年生のシーズンには母校を42年ぶりの州チャンピオンシップに導いている。
17歳でNBA入りして以降は20年間にわたって名門ロサンゼルス・レイカーズ一筋でキャリアを過ごし、NBAチャンピオン5回、シーズンMVP1回、ファイナルMVP2回、NBA記録となる18年連続オールスター選出並びに、歴代最多のオールスターMVP4回に輝くほか、NBA歴代2位の1試合81得点の記録を持つなど、キャリア初期から大ベテランの域に入るまで、長年に渡ってリーグ最高の選手の一人として君臨し続けた。
現役時代の背番号はシャキール・オニールとのコンビで若くして三連覇を達成した「8」と、成熟しチームリーダーとして二連覇を達成した「24」の2つの時代に分けられる。引退後にはロサンゼルス市がコービーに敬意を表し、現役時代の背番号を組み合わせた8月24日を「Kobe Bryant Day (コービー・ブライアントの日)」としてロサンゼルス市の記念日に制定した。またレイカーズは、同一選手に置いてNBA史上初となる二種類の背番号の永久欠番を発表した。
レギュラーシーズン通算33,643得点を挙げNBA歴代第4位。プレーオフ通算5,640得点を挙げNBA歴代第4位。また、オールスターでは通算290得点を挙げNBA歴代第2位に位置している。
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「言葉にならない痛みを感じる。コービーを愛していた。私にとっては弟のような存在だった。よく話したし、もうそれができないのが非常に悲しい」マイケル・ジョーダン
「バスケットボールと私たちの街であるレイカー・ネーションは、コービーなしではありえません。私たちはブライアント家のためにいつもここにいます。」マジック・ジョンソン
「素敵なジジと私の兄弟を失うこの悲劇による痛みは表現する言葉がありません。」シャキール・オニール
「ほとんどの人は、全世代のバスケットボール選手を鼓舞した壮大なアスリートとしてコービーを覚えているでしょう。しかし、私は彼をアスリート以上の人間として常に覚えています。」カリーム・アブドゥル=ジャバー
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